千野香織

では「日本」とは何だろうか。歴史研究者が根底からの問い直しを試みているように、現在、「日本」という枠組み自体が、大きな問題となっている。「日本」とは、単一不変のまとまりをもった実体ではない。現在の国境は無条件の前提ではないし、また現在の国境の内側にも、民族や地域や歴史の多様性があって、その性格は一様ではない。縄文から現在までを貫く一貫した「日本」らしさ、などというものは存在しない――当たり前ではあるが、こうした諸点を確認し続けることが、「日本美術史」研究においては重要である。  「日本」だけではない。「美術」とは何か、という根本的な問題もある。「美術」という日本語に染み込んだ特権的なニュアンスを嫌って、現代の場合には「アート」というカタカナを使う人もいる。また、いつ、誰が、なぜ「美術(またはアート)」という制度を定め、「質」の保証をしたのか、これまでの「美術史」という学問が果たしてきた保守的な役割を今後どのように変えていけばよいのか、など、「日本美術史」を含む「美術史」には、多くの問題がある。